にのだん社会保険労務士事務所

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にのだん社会保険労務士事務所だより「たすき」令和4年11月号(No.36)

【開業から4年目を迎えました】

 令和元年11月に「にのだん社会保険労務士事務所」を開業してから丸3年が過ぎました。日頃から事務所の運営や社会保険労務士 二之段 直哉を支えて下さる皆様に感謝申し上げます。私にとって毎年11月は自身を顧みる大事な月となります。開業を志した頃を思い出しながら、今の自分はあれから日々成長することが出来たのか?自身に問いかける時期になります。私はあの時、会社勤めを辞めたあと開業するか再び会社勤めをするか迷っていました。そんな時、乳がんで亡くなられた小林麻央さんが遺された言葉「なりたい自分になる。人生をより彩り豊かなものにするために」「だって人生は一度きりだから」が心の中に響き、自分の中で「せっかく苦労して社会保険労務士の資格を取ったのだから、自分の人生に悔いが残らないように行動していこう」という気持ちが強くなり開業を決意しました。

 開業してからは、売上が安定しない時に工場勤務をしたこともありましたが何とか社会保険労務士の仕事を3年間続けることができました。その経験以外にも、若い頃は食品スーパーでの店長経験や求人広告、人材派遣の営業、公的機関での事務職など全ての職務経験が私にとって今の活動の糧になっています。これからも実務のひとつひとつが経験となり、自己研鑽を積み重ねながら自分の成長に繋がっていくと信じています。これからも「にのだん社会保険労務士事務所」を何卒よろしくお願いいたします。

 話は変わりますが、今年の7月の初めに仕事先でとあるチラシを見つけました。それは和歌山にちなんだ歌を唄うオーディションを11月に開催するお知らせで、7月末締め切りでオリジナル・カバーいずれかの動画を募集していました。私の中で新たなチャレンジに向けての気持ちが生まれ、すぐにオリジナルソングを作成、YouTubeにアップした動画を締め切りまでに応募し、今回11月のコンテストに参加することになりました。

 参加される人の中には、和歌山で歌手として活動されている方もいるようで、自分なんかは場違いかもと躊躇する気持ちもありましたが、今回チャレンジすることを周りの方に伝えてからは応援してくれる人や人前で唄う練習の機会をセッティングしていただいた人など、私にとって恥ずかしながらも嬉しく感じることがたくさんありました。

 若い頃から、私は衝動的に新たなことにチャレンジする機会が何度かありました。高校生の時は映画のオーディションに出場。順番が1番目ということもあり、その日のニュースに映し出されたことを後から知り、無茶苦茶恥ずかしかったですが今となれば良い思い出です。また、数年前は2回のど自慢の予選に出場しましたが、どちらも本選には出場することができませんでした。目的は何であれ、自身の人生を彩り豊にするために、これからも新しいことにチャレンジする気持ちを忘れず、夢を追い続けていきたいと感じます。

【四半世紀ぶりにわが母校へ】

 4年前、私が開業する前のことですが自身が卒業した大学の校友会から「〇月〇日、和歌山市内で集いがあるのでぜひ参加してください」と手紙が届いたのがきっかけになり、和歌山支部の集いに出席する機会が増えました。校友会を通じてOBが集まることは新たなネットワークが誕生するきっかけになりますし、大学にとっては広報活動の広がりや、新たな学生の確保につながるなどメリットがあります。

 私が卒業した大学では毎年学祭が行われる11月前後、大学に全国の支部関係者が集まる会議があり、今回私は支部長の代理で和歌山支部として初めて参加することになりました。今回のようなきっかけのおかげで、大学には卒業以来四半世紀ぶりに訪問することができましたが、キャンパスの増設やリニューアルされた施設が多すぎ、あまりの変貌ぶりに驚くばかりでした。さらに大学では数年前から別の拠点に新たなキャンパスが完成し、そちらのほうが駅からも近いため、今後数年をかけて新しいキャンパスにほとんどの機能を集約させる予定とのことで、学生数や学部も増えて大学が更なる進化を遂げることは卒業生として嬉しいものの、同時に思い出の場所がいつかは無くなってしまう寂しさも感じました。とにかくわが母校に訪問するきっかけが出来たのは大変良かったと感じました。

 大学での思い出と同じように、一人暮らしをしていた駅周辺も私にとって思い出深い場所であり、今回大学に向かう前に思わず途中下車をしてしまいました。当時駅ビルにあったそば屋さんでは学生時代朝食のために飲食したものの途中で財布を忘れたことに気づき、おばちゃんに平謝りすると「お金、慌てずに取りに帰ってくれたらいいよ」と言ってくれたことが忘れられない思い出でした。そこも今は違う店に変わり寂しい気持ちもありましたが、駅周辺の雰囲気はあの頃と変わらず懐かしい気持ちになりました。

 あの頃、昼間の大部分を過ごした大学での時間も貴重でしたが、一人暮らしをしていた時間、特にアルバイト経験も貴重な時間でした。最初一人暮らしを開始して直ぐに駅近くの居酒屋でアルバイトを始めましたが、そこは二日目で辞めました。とにかく辛く「こんな場所に住むんじゃなかった」と感じるぐらい、こき使われた思い出しかありませんでした。その後、半年ほど大阪梅田のカラオケ屋で客を店に案内するキャッチのアルバイトをしましたが、時間が遅くなることが多くて終電も間に合わず、平日も朝帰りになることが多くなり、さすがに学校も休みがちになったので、1年生の冬からは住んでいた場所から近い「ローソン」でアルバイトを開始し、最終的に大学卒業まで働くことになりました。そこでは平日の夜や学校の休みの日は昼間に勤務するなど、段々とオーナーから信頼されることで日々の責任感も感じながら充実したアルバイト生活を過ごすことが出来ました。途中オーナーと夜から一緒に勤務した時は朝6時に勤務を終えようとした直前に「阪神淡路大震災」を経験したことも非常に思い出深い経験でした。

 私にとって、卒業後の勤務経験も多彩で良い経験でしたが、学生時代のアルバイトも貴重な経験となりました。今の時代はあの頃とは違い、汗を流すこともなくお金を稼ぐことができる仕事も増えたかもしれません。しかし、色んな経営者さんや色んなお客さんと直接出会うことにより、貴重な体験や時間を得ることが出来、それが今後の大きな財産になるかもしれません。私が卒業してから四半世紀過ぎましたが、現在の学生さんにも先入観に囚われることなく様々なアルバイトにチャレンジしてもらえたらと感じます。

~最後までお読みいただきありがとうございました~